7. 私が事実婚を選んだ理由

公開日:  最終更新日:2020/02/07


私と友崎慎二は、SNSで知り合い、
お互いリアルで会わないまま、2006年10月16日に交際が始まりました。

2回目の対面、2006年12月24日から同棲を開始して、今に至ります。

2020年1月現在、同棲も14年になりますが、入籍はしていません。
結果的に事実婚というカタチになっています。

リアルでもネットでも、「何故、結婚しないのか」ということをよく質問されますので、
ここで私の結婚観というか、人生観を記したいと思います。


現在、私は48歳ですが、20代や30代では漠然と、
(好きな人ができて、その人の子供を産みたいと思ったら結婚するだろうな~)
と思っていました。

結婚し、子育てし、夫や子供の為に自分の人生を捧げる。
その時、悔いや不満が残らないよう、まずは独身時代の今、自分の人生を、
自分だけの為に思いっきり満喫したい。満足した上で、次のステージに進みたい。

そう思っていました。

ですが、ずっとずっと長い間、自分の心の傷やトラウマ、人間関係の難しさ、自己嫌悪などで
私だけの人生なのにちっとも充実しない、満足しない、苦しい時代が続きました。

(まだ次には行けない。まだ自分に満足できない。
人生を賭けたいほどの男性にも会っていない。まだだ・・・まだ、時期じゃない・・・)


結局、なんとなく自己嫌悪から解放され始め、
生き辛い理由が分かり、人生が少し明るく、穏やかになったと感じたのは
35歳の頃で、ちょうど慎二と出会った頃でした。

交際したばかり、同棲したばかりの頃は当然、彼がどんな性格かもよく分からないし、
こんなに長く付き合えるとも思っていなかったので、いい年して恋愛初期で浮かれ、
自分の身体のリミットには無関心でした。

慎二と付き合う前も、付き合ってからも、私の一番の生きるテーマは
「自分が本当は何を考えているのか」ということでした。

幼い頃のイジメが主な原因で、私は本音を封印する思考癖がありました。

大人になり、(もっと自由に生きたい!)(自分の好きなことをしたい!)と切望しても、
自分の本音がまったく分からなかったのです。

カウンセリングを受けたり、心療内科に通ったり、
自己啓発本を腐るほど読んでも、一向に「自分は何者か」が分からない。

(1)自分の人生を充実させる
(2)夫と子供に尽くす人生に移行するという、私の人生設計。
その第一段階がいつまでも、いつまでも、完了しなかった訳です。

当時の心境は、いわゆる「自分探し」です。
自分探しの為、内面世界を探っても探っても、自分の本質が見えてこない苦悩。
もう、他人に尽くす余裕なんてありません。ひたすら、自分探しです。

このサイトに何度も記載している「内観」と「分析」を、当時からずっと行っていた訳ですが、
心の奥底に、イジメの傷や孤独だった怒りが「沈殿」している間は
どうしても自分の本質に辿り着けませんでした。

しかし、慎二と苦楽を共にし、私の感情の爆発を彼が忍耐強く受け止めてくれた結果、
私はいつのまにか癒され、トラウマも解消していきました。

そしてふと自分を見つめ、素の気質を分析してみると、私は自分で思っていた以上に
< 自由がないと生きていけない気質だ >ということに気付きました。
私が事実婚を選んだ一番の理由は
「あらゆる意味での自由を死守するため」です。

「私は、自由があるからこそ、私らしく生きられるんだ」
そう痛感したからです。
人に私のことをいちいち口出しされたくない。
誰かの指示に従ったり、誰かの期待に応えるのは、もうイヤ。
人の価値観にコントロールされるのは苦痛。自分が納得した価値観で生きていきたい。

つまり「自己責任の自由」とでも言うのでしょうか。

自分の人生は、自分しか責任を取れない。
誰も、私の内面を幸せにはできない。私だけが、私の心を幸せへと導ける。

その為には、自分の気質をよく把握し、短所も長所も、自己管理の元、
責任を持って戒めたり、励ましたりすることが大事なんだ。

そう、確信しました。


幼い頃から人の顔色をうかがい、期待された役を演じ、
誹謗中傷されてもグッとこらえ、自己嫌悪に拍車がかかり、私は「別人」でした。

本当の私は、超、わがまま。気が強い。喜怒哀楽は垂れ流し。気分屋。マイペース。
世間体や人には無関心だけど、深いところで繋がれる「心の友」をずっと求めてる。

一般的な思想や価値観に自分が違和感を持ったその都度、内観し、自己分析してきました。
自分の内面にあった「芯」は、思った以上に人と違って、良くも悪くも愕然としました。

自分が「マイノリティー」であること、協調性がないので「社会不適合者」であることなど、
一般的な人間関係は築けますが、精神的に「物事の解釈がヘン」ということに気付きました。

気付いた以上、もう仕方ない。

これが私らしさなら、誤解されようが何だろうが、自分らしく生きていこう。
そう思えるくらい、自分のことが好きになりました。



人は、求められた役割を演じ、自分の本心に嘘をついた瞬間、
自分とも相手とも、うまく行かなくなります。



私は、結婚後に世間が求める「役」に応えるのが苦痛です。

「友崎家の嫁」になったからって、「集まりに参加しなさい」と言われるのは苦痛です。
「友崎慎二の妻」になったからって、「妻らしくしろ」と言われるのは苦痛です。

慎二も彼の両親も、そんなことを言わない人だから、今も付き合いが続いています。

私は、私が会いたいときに、会いたい人に、会いに行きます。
それが私のプライベート、私の時間の使い方です。

相手にも、私と会いたくないなら、会わない自由があります。
私はそれを尊重したいし、私の自由も尊重して欲しいです。

私は未入籍ですが、慎二の両親とも会いたいときに会います。

姑と2人で洋服を買いに行ったり、舅と一緒に晩酌して2人で酔い潰れます。
誘ったり、誘われたりして、慎二と義両親の4人で飲むことも多いです。

彼らは私に、少しは「役割」を期待していたでしょうが、それを押しつけませんでした。
私の人生観を尊重してくれ、今も黙って見守ってくれます。

慎二が私に、自分の理想を押し付けるような男性だったら、同棲は続かなかったでしょう。
彼自身も、一般的な感覚とは違う部分があるので、私達はうまく行ったのだろうと思います。

血縁があるなしに関わらず、私は、私の生き方を尊重してくれる人とだけ、付き合っています。
プライベートではそれが許されるし、自分らしく生きるためには当然のことだと思うので、
私の人生観を否定したり変えようとしてくる人とは、どんな立場の人でも距離を置いています。


世間一般では、独身女性は「結婚はまだ?」「彼氏は?」とか、
結婚したらしたで「子供はまだ?」「2人目は?」など、相手の事情も知らず、
無神経なことを悪気なく、平気で言う人もいます。悪気がないから、タチが悪い。

今は不妊に悩む女性も多いし、恋愛に苦悩している女性もいます。
相手のプライベートにズカズカと踏み込む人に限って、
(あなたに私の内情を話せる訳ないじゃん!)と思う人だったりします。

あなたも私も、お互いに心なんて開いてない関係なのに、
何故、あなたに「心を開け。色恋事情を話せ」と要求されなくてはいけないのか、みたいな。

各自に事情があり、各自に言えない悩みがある。
そんなことさえも想像できない人からの無神経な発言に傷付く女性は多いと思います。

結婚したいのにできないとか、子供が欲しいのにできない人には酷な質問です。
そういう質問を受けると、やはり女性は傷付いてしまいます。

私の場合は、あまり結婚願望もなく、子供は好きですが自分探しでそれどころじゃなく
生きてきたので、これまでに聞いた周りの発言にも比較的スルーできました。
スルーできているけど、本当の私を知らない知人レベルの人たちから、
私の生き方に口を出されるのを少なくしたい思いもあるので、事実婚です。

義両親は口を出さない良い人だけど、今後出てくるかもしれない、他の人の価値観の押し付けは
結婚してもキリがないだろうと思うので、自分が居心地いい、今の立ち位置を選んでいます。


以前、ある人に「体力的にも大変だから、早く結婚して子供を産んだ方がいいよ」と言われ、
「そうなんだ~」と答えるも。

(・・・う~ん。私の人生、子育てが一番の夢って訳じゃないんだよな~。
もっと他に叶えてみたい夢があるし、そもそも私は自由を死守しないと
自分らしさがなくなる気質だから、自由を我慢する子育ては私の器じゃ無理かも)と思ったり。
もう、いい歳なので、さすがにこのテの発言はなくなりました。

慎二がある人に「彼女の年齢を考えて早く入籍してあげないと可哀想だよ」と言われたらしく、
私は(・・・そっかぁ~。「女は入籍したいと思うのが当然」という価値観なんだな~。
まぁ、それが当り前か。私の価値観が一般女性と違ってるだけだもんな~。
まさか私が「入籍に興味ない」なんて、思いもしないんだろうな~。
「男に入籍してもらえない女は可哀想」って思われるんだな~。なるほど)と思ったり。


ある人に「ずるずる同棲を続けるなんて、ケジメがない」と言われて。

・・・まぁ、世間一般からしたら事実婚なんて不自然だろうから、そう思うのは当然だよね。
でも、何をもって「ケジメがない」って言うんだろうな。
紙にハンコ押して盛大に披露宴しても2、3年で別れて子供が泣く、みたいな結婚もあるのに
それは「一度は式をあげてケジメつけたからOK」とでも言うのかな?

仮面夫婦で浮気三昧、子供の為、お金の為に結婚生活を続けてる人でも
世間から内情が分からなければ「ケジメをつけ続けてる」ってことになるのかな?



私が思うケジメって、「自分にも他人にも、できるだけ正直に、誠実を貫く」ってことだけど、
この人の言ってる「ケジメの定義」って、何なんだろうな。
いまどき、入籍や結婚式や披露宴がケジメになってない結婚って、腐るほどあるのにね。

入籍より先に妊娠しちゃう、できちゃった結婚も多いし、
入籍がケジメになるという価値観は、もうだいぶ崩壊し始めてるけどな~。

儀式やカタチより大事なのは、
< 日常生活 = 相手と日々、どう向き合っているか >じゃないのかな。



結婚してても姑と不仲の嫁は多いのに、私は義両親とよく会うし、仲がいいし。
慎二とも仲良く暮らしてるから、そこらの不仲夫婦より毎日楽しいけど、
「紙にハンコ」押してないと、世間では「ケジメがない」と思われるってこと、それが現実だ。

うんうん、それは理解できる。理解できるけど、
「ずるずる」してるかどうかは、あなたではなく、私が決めること。

内心(ずるずるしてる)と思っていても、立場をわきまえて本人に言わないのが大人。
私達の日常を見てもいないのに「ずるずる」という言葉を使うとは、失礼な人だな~。

でもまぁ、私が自分で選んだ道だし、真実の日常は私と慎二が知っていればいいことだし、
何より、この人のために「私はしたくないけど、あなたが求めるケジメ」を見せたところで、
この人はまた「子供はどうせ無理だろう」とか「嫁なら介護は当然」とか何とか、
「ケジメ」やら「義務」やら言い出すのだろう・・・うん、面倒くさい。放っておけばいっか。

・・・などと、傷付いたり怒ったりうんぬんより、いろんな人の価値観や
自分の人生観を内観できるので、興味深く分析しています。

そしていつも、最終的に着地する事実は、
私の人生に責任を取れるのは、私だけ。

なのに、私の人生に責任が取れない他人が、
自分の主観、自分の期待で正論っぽく主張してくる。

無意識に、私をコントロールしようとする。
ということです。それは身近な人なら特に、そういう傾向に陥ります。

その人達には(奈津子の為を思って)という気持ちが少なからず、ある。
だから悪気はない。だけど、客観性がないし、想像力がないのです。

何故なら、その人達はそもそも、「奈津子の本音を知らない」からです。
「奈津子が求めている幸せのカタチを知らない」からです。
知らないのに、私の代弁者になったつもりでいることが恐ろしい。

(自分と奈津子の人生観はまったく同じだ)と思い込んで発言していることが、軽率だと思う。
私は、思慮深くない人が嫌いです。

だけど私だって「疑いもしない価値観」で人に意見したりアドバイスしているだろうと思う。
だから(客観性がないこと、視野が狭いことは罪深いことだな~)と思います。
それだけ、無神経に人を傷付けたり否定したりして、迷惑をかけてしまうからです。


恋愛や夫婦関係、周りとの人間関係などで言えることであり、
どっちの立場にもなりえることですが。

自分だけが「ドヤ顔」で声高に正論を言ってるつもりが、
相手からはだたの無神経で傲慢な人間にしか映らない。

相手が自分の言うとおりにしないと(自分が正論だ!)と思い込んでる分、不機嫌になる。

相手が「聞いてよ。こういう価値観もあるんだよ」と言っても、
自分は「いや、それは非常識。ありえない!」と、平行線。

相手は黙って距離を置く。
自分だけは「あんなに親身にアドバイスしたのに・・・」と被害者面。


・・・こういう流れが悪化して、多くの人間関係はこじれていくのだろうと想像できると、
たとえ日常に上記のようなトラブルが起きても、案外、冷静に対処できたりします。

何故なら、「こじれる流れ」が想像できる人は、悪化を察知するのも早く、
自分の感情に溺れないからです。

何故、自分の感情に溺れないかというと、内観と分析をすることで、上記のように
(あぁ、この人は悪気はないが、想像力がないのね。だから無神経なのね)などと、
相手の本質に気付けるからです。

想像力がない相手に、自分の価値観を説明したって分かりあえません。
なのでここは自分の想像力を働かせて(そうだね。そうかもね、と言って
スルーすることが賢明だな・・・)などという処世術が分かってきます。

「どうして私の意見を認めてくれないのッ!」と感情に溺れることがないので、
相手が出したカードを見極め、淡々と、より衝突を少なく対処するだけです。

そういう一連の本質や、取るべき言動が分かったり、実践できたりすればするほど、
自分の中に冷静さや理性、客観性、大人の行動が育っていきます。

そしてつくづく、(内観と分析をすることで相手の真意を汲み取れるってことは、
自分を傲慢から救ったり、幸せへと導くことに繋がっているんだな~)と痛感します。

相手の気持ちも理解できるし、自分とのズレが具体的に見える分、
感情的にならない自分にも誇りを持て、自分を好きになります。

最終的に、価値観を否定されたことも含め、すべての出来事から気付きと学びを得るので
感謝の気持ちも湧いたりします。この出来事が起きた「意味」をつかめると、傷は昇華します。

自由を死守するために事実婚を選んでいる限り、人は私を「変わってる」と思うでしょう。
でも私は、その時の相手の言動で、その人の人間性を見極めています。


現代は、価値観が多様化しています。

でもまだ身近な価値観は「類は友を呼ぶ」で似通っており、
変わった価値観はテレビや雑誌の中のことだと思っている人も多いでしょう。

私のように「本当の自分は、みんなと同じ幸せを欲していなかった」と
気付く人も出てくるでしょう。

その時、自分らしさを貫けるか、自分だけの幸せにこだわることができるか。
みんなと違うことへの「孤独」に耐え、自律できるかが問われています。
自分らしく幸せになる、ということは、

< 人とは違う幸せをつかみに行く >ということです。
他人への説明も、自分への言い訳も必要ありません。

ただただ、自分の本心を探って、心が楽しい方へ、安らぐ方へ、
イキイキ感じる方へ突き進むだけです。

私が「月岡奈津子 = 自由」だと確信したように、
自分の「芯」が見つかると選択は楽になります。

これからも、いろんな経験を積み、私の中の「自由の定義」が進化して、
(入籍しても自由が死守できる)と私が感じれば、慎二とのタイミングで
入籍する可能性もあると思います。

すべては自由。すべては自己責任。
だから悔いなく、心のままに動く。

今後も、そういう気持ちで過ごしていきたいな~と思います。


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